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    <title>おっちゃんの「課外学習」</title>
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    <title>白線の論理と倫理　vol.9　Web調査：目安としての白線</title>
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    <published>2008-10-21T07:00:52Z</published>
    <updated>2008-10-21T14:49:08Z</updated>

    <summary>喫煙所だけでなく、さまざまな白線がある。白線のルールの遵守度は、違うのか。一般的...</summary>
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        <![CDATA[<img class="right_img01" height="82" alt="筆者：おっちゃん" src="http://o-shobo.jp/images/writers/img_ochan.gif" 　width="120" />喫煙所だけでなく、さまざまな白線がある。白線のルールの遵守度は、違うのか。一般的な「日常のマナー遵守度」とも比べてみた。<br />先に紹介したように、一般的なマナーは、「よく守る」が36．1％。「まあ守る」も含めて、95．7％。では、5つの白線の中で、順守する順番は、どうなったのか。]]>
        <![CDATA[<p><br />1位から「駐車場の白線に沿って駐車」68．0％、<br />2位「ATMや乗り物などで順番を示す白線」65％、<br />3位「駅のホームの白線（黄色線）」46．6％、<br />4位「喫煙所の白線」30．1％、<br />5位「横断歩道の白線をはみださない」16．5％。</p>
<p><img alt="喫煙者の白線に対する意識調査" src="http://o-shobo.jp/study/img/20080927.jpg" width="400" /></p>
<p>2位以上は、厳守としての白線、<br />3位以下は、目安としての白線という認識があるのではないか。<br />喫煙所のそばを、誰も通っていないところで、白線の内側にこだわることもない。車が一台も走っていない時間に、横断歩道の白線を守る意味もない。<br />ルールの精神、考え方は尊重する。しかし、その実行については、状況を見極め、ルールの合理性を判断して実行する。だから、運用で大きな差が出る。</p>
<p>「必ず白線の中で喫う人」が、「白線に隔離感を持つなどと大人げないことをいう人は、たばこを喫う資格がない。」との発言、「白線を意識していない人」が、「素直に従う」と言う意見が、深く印象に残った。</p>
<p>おっちゃんも、目的はちゃんと理解している。街中でタバコを喫わしてもらうのだから、非喫煙者に不快感をかけないようにしなければならない。だからと言って、おっちゃんの「隔離感」が消せるわけではない。むしろ、「隔離感」は深まっていく。<br />それは、飛行機・電車から、そのホームから、病院から追い出される。公共的場所だけでなく、ビルから、家庭からも排斥される。最終的に、動物園の折の中に入れられそうな恐れ。</p>
<p>ほんとうに、喫煙者を「根絶」しなければ、いけまへんか。</p>]]>
    </content>
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    <title>白線の論理と倫理　vol.8　Web調査：白線は、「善悪の境界線」</title>
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    <published>2008-10-16T06:03:01Z</published>
    <updated>2008-10-16T14:04:15Z</updated>

    <summary>さて、「白線」への対応。路上での喫煙所で、たばこを喫うとき、「白線表示内で吸って...</summary>
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        <![CDATA[<img class="right_img01" height="82" alt="筆者：おっちゃん" src="http://o-shobo.jp/images/writers/img_ochan.gif" 　width="120" />さて、「白線」への対応。<br />路上での喫煙所で、たばこを喫うとき、「白線表示内で吸っているか」という質問への答え。<br />「必ず白線の中」27．2％。「できるだけ白線の中」48．5％。「白線の外側もある」4．9％、「白線を意識しない」11．7％。肝心の「白線の辺り」は、7．8％。]]>
        <![CDATA[<p>中目黒駅前の観察調査とは、大きな違いです。観察では、白線の内側は54人（35％）。残り90人（51％）ほどが、白線の外側でした。この差は、なんなんでしょうか。心がけていることと、実際の違いなのか。ほんとうは、気にしていないが、正直に答えることはまずい、と思って知らず知らずに受けのいい答えを選ぶのか。</p>
<p>「必ず白線の中」で高い数字をあげているのは、性別でみると、女性42．9％（男性24．7％）。禁煙成功者41．7％、受動責任を感じる人は、50％。「白線の中」「責任感」「禁煙」は、ひとつでつながっているように感じる。そこまでしても、喫うのか、喫いたいのか。そんな思いが、禁煙に導くのではないか。「健康」への関心も当然あるけれど、「そこまでして。」の自問も大きいような気がする。</p>
<p>「白線の辺り」で喫う人は、なぜか、「1日1箱以上の喫煙者」に多い。17．2％。平均の倍以上。</p>
<p><img height="311" alt="喫煙者の白線に対する意識調査" src="http://o-shobo.jp/study/img/20080926.jpg" width="400" /></p>
<p>喫煙所の白線についての思いについて、フリーアンサーで聞いてみた。<br />「必ず白線の中」の人は、<br />「縛られたくない、牢屋じゃないんだから少しぐらいいいじゃないか」と言う20代男性、<br />「善悪の境界線みたいで、よい気分はしない」男性40代、<br />「喫煙者が特別な目で見られているようで嫌です」女性50代、というような意見もあったが、<br />大勢は、「喫煙コーナーがあるだけでも感謝」「特に変な気持はしない」だった。<br />「白線」で「隔離感」があるなんていうやつは、喫う資格がない、という意見もあった。</p>
<p>不思議なことに、「白線の外で吸う」人も、<br />「素直に白線に従うべき」<br />「白線のルールは大事なこと」と言って、「白線」への違和感を唱える人は少なかった。</p>
<p>ゆえに、おっちゃんの「白線はおっちゃんを隔離している」理論は、共感を呼ばなかった。むしろ、「おとな」失格の烙印を押す人が多かった。子供じみたことを云うな、喫わしていただくだけでも、ありがたく思え、そんな流れが出来上がっているのではないか。</p>
<p>つづく</p>]]>
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    <title>白線の論理と倫理　vol.7　Web調査：どうする、50代？</title>
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    <published>2008-10-14T05:48:19Z</published>
    <updated>2008-10-14T14:12:38Z</updated>

    <summary>さて、いよいよ本題に近づく。喫煙所の「白線」の意識に突っ込む。「喫煙所の白線内で...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://o-shobo.jp/study/">
        <![CDATA[<img class="right_img01" height="82" alt="筆者：おっちゃん" src="http://o-shobo.jp/images/writers/img_ochan.gif" 　width="120" />さて、いよいよ本題に近づく。喫煙所の「白線」の意識に突っ込む。<br />「喫煙所の白線内でルールを守って喫煙しても、近くを歩いている第三者が受動喫煙する可能性もある。」　このことへの感想を聞いた。<br />]]>
        <![CDATA[<p>「責任を感じる」25．2％、「少し責任を感じる」41．7％。「ルールを守っているのだから、仕方がない」33％。男女でみると、「責任を感じる」人は、女性に多い（男性23．6％、女性35．7％）<br />また、「責任を感じる」人は、禁煙成功者は41．7％で、喫煙者に比べて圧倒的に高い。<br />禁煙成功者は、成功した故に、このような意識になるのか、このような意識だから、禁煙に踏み切るのか。興味がわいた。</p>
<p><img height="311" alt="喫煙者の白線に対する意識調査" src="http://o-shobo.jp/study/img/20080925-01.jpg" width="400" /></p>
<p>ちなみに、「ルールを守って白線内で喫煙しているのだから、受動喫煙は仕方がない」のは、年代でみると、50代・60代が、他の世代に比べて非常に高い。50代66．7％、60代45．5％。まわりの禁煙圧力、自己の責任感をかいくぐり、もう、禁煙あきらめの心境に入って、いなおりの心境なのだろうか。<br />それとも、50代、60代は、喫煙が当たり前の世の中で育った。そもそも、こんなに、なぜ、こんなに急にうるさく言われるようになったのか、心の中で納得できない思いを抱いているのかも知れない。でも、当然口に出せることではない。</p>
<p>　タバコはどんどん値上げする。喫えない場所が、ドンドンひろがる。どこまで行くのか。タバコをいまさら止められない。まだ、人生も長い。50代が、一番追い詰められ感が深いのかもしれない。</p>（つづく） ]]>
    </content>
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    <title>白線の論理と倫理　vol.6　Web調査：マナーを守る人90%</title>
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    <published>2008-10-09T06:34:05Z</published>
    <updated>2008-10-09T01:48:05Z</updated>

    <summary>会社の調査スタッフに頼んで、webでアンケートをとりました。東京都内在住の男女。...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://o-shobo.jp/study/">
        <![CDATA[<p><img class="right_img01" height="82" alt="筆者：おっちゃん" src="http://o-shobo.jp/images/writers/img_ochan.gif" 　width="120" />会社の調査スタッフに頼んで、webでアンケートをとりました。東京都内在住の男女。20歳～69歳までが対象です。費用を惜しんで、サンプル数166S。<br /><br />いきなり、喫煙所の白線の意見も聞けない。まず、マナー全般についての意見から聞きました。</p>]]>
        <![CDATA[<p>日常的なマナー遵守の姿勢については、「よく守る」36．1％、「まあ守る」59．6％で、90％以上がマナーに心がけている方々です。<br />そして、喫煙に関する内容ですが、まず驚いたのが、禁煙した人が男性30．2％、女性48．6％。禁煙が進んでいるのですね。とくに顕著なのは、50代・60代。50％を超えています。</p>
<p>どこで喫うか。「自宅の建物内」69．9％、「自宅の建物外」53．6％。意外と、建物内で喫わしてもらっているのですね。大健闘。性別で見ると、男性68．2％、女性75．7％。なあんだ、ひょっとして、奥さんも喫う家が、自宅内の喫煙習慣を堅持しているのかもしれない。<br />おっちゃんは、「自宅の建物内」ですが、換気扇の下です。換気扇の下は、やはり味気ない。スッと換気扇に煙が吸い込まれていく。煙が漂わない。開ききらない花火みたいや。</p>
<p><img height="500" alt="喫煙者の白線に対する意識調査" src="http://o-shobo.jp/study/img/20080917-01.jpg" width="400" /></p>

<p>では、本題に近づいて。<br />非喫煙者に対して配慮については、「常に心がけている」48．2％、「少し心がけている」43．4％。これは、マナー全般への遵守の姿勢と似たようなものではないでしょうか。どんな考えを持っていても、非喫煙者を無視できる時代ではない。 
<p></p>
<p>喫煙マナーには心がけているが、逆に、肩身の狭い思いをしていないか、の質問には、「よくある」22．9％、「まあよくある」43．4％。66％ほどの人が、肩身の狭さを経験している。<br />肩身の狭さを実感しているのは、年代でいえば、30代。喫煙量で言えば、「1日1箱」派。「1日10本以下」派は、それほど迷惑をかけていない、不便もそんなに感じない、という意識か。「1日1箱以上」派は、もう開き直っているのか。気にしても仕方がない、しゃあない、しゃあない、と自分に言い聞かせて。</p>
<p><img height="275" alt="喫煙者の白線に対する意識調査" src="http://o-shobo.jp/study/img/20080917-02.jpg" width="400" /></p>（つづく）]]>
    </content>
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    <title>白線の論理と倫理　vol.5　観察調査：白線をまたいで喫う人。</title>
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    <published>2008-10-07T06:28:44Z</published>
    <updated>2008-10-07T08:27:25Z</updated>

    <summary>10年以上前、私鉄のホームに喫煙コーナーができた。ホームの端の方に、吸殻入れが置...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://o-shobo.jp/study/">
        <![CDATA[<img class="right_img01" height="82" alt="筆者：おっちゃん" src="http://o-shobo.jp/images/writers/img_ochan.gif" 　width="120" />10年以上前、私鉄のホームに喫煙コーナーができた。ホームの端の方に、吸殻入れが置かれ、その周りを白線が囲んでいた。そこだけ、人の固まりができた。おっちゃんも、ホームの端っこに行って、タバコをくわえた。当時は、通勤の途中でも喫いたくなった。喫うことを制限されるほど、喫いたくなる。そんな心理も働いていたのだろう。]]>
        <![CDATA[<p><br />あるとき、白線をまたいでタバコを喫っていることに、おっちゃんは気づいた。白線の内側でも、外側でもない。白線の中は狭い。混んでいるときだけか。いや、いつもいつも、そうしていることに気づいた。なんでやろ、と思って、考えた。</p>
<p>白線の外側はアカン。タバコを喫わない人に迷惑や。社会ルールを無視する人間やとも、思われたない。じゃ、白線の中で喫ったら、エエやないか、と言うと、そうもいかん。なんか、抵抗がある。白線の中に入ることに、素直に従うことに。何か、こだわってんなあ。何にこだわってんのやろ、と気になった。<br />路上の喫煙コーナーの白線の仕切り。閉じ込められる気分。「隔離」や、ないかな、と思った。たかが、たばこで、隔離されやなアカンのか。伝染病にでも患ったみたいな。声高に文句を言う権利はないけれど、なんか、そこまでされる悔しさと云うのか、いやな気分だった。</p>
<p>おっちゃんと同じように、白線をまたいでたばこを喫う人は、いるのか。同じように感じる人はいるのか、が気になりだした。おっちゃんは、ただ、僻みっぽいだけなのか。まず、会社の目の前、中目黒駅前の喫煙所の観察調査を実施した。</p>
<p>中目黒駅前に小さな喫煙コーナーがある。ここで2時間立って観察しました。ほんとうは、JR・私鉄の喫煙所も調査したかったけれど、すべて断られた。喫煙の件にはさわって欲しくない雰囲気だった。さらに、JTにも、町中の喫煙に対する考え方を取材させてほしいと言ったけれど、やはり、相手にされなかった。中目黒駅前の喫煙コーナーは許可がいらないので、実行。15：00～17：00までの、わずか2時間。</p>
<p>その調査結果。<br />2時間の間に、喫煙コーナーの利用者は、総数166人。男性124人、女性32人。さて、白線の中、白線付近、白線の外の3つで分けると、白線付近は、22人（14％）。おっちゃんと同じように、白線をまたいでいる人も、3人いました。残念ながら、その心理は聞けませんでした。</p>
<p>ついでに報告すると、白線の内側は54人（35％）。残り90人（51％）ほどが、白線の外側でした。白線の外側が、半分を超えるのは、意外でした。みんな行儀悪いのか。確かにマナーの悪い人もいました。歩いてきて、喫煙所の近くに来て、たばこに火をつけて、そのまま去って行く人。喫煙所の役割を何にも考えてない。タバコをくわえて歩いてきて、喫煙所で捨てて去っていく人。この人もマナーは悪いが、まだ、喫煙所を利用している。捨てたばこをしない分だけでも。</p>
<p>外側で喫う人が多いのは、単純に、白線の内側の空間が狭いだけ。<br />でも、多いのは、少し離れてたばこを喫う人。白線無視か。これは、中目黒の利用者は、マナーが悪いのか。それとも、白線の中のスペースが狭いために、利用したくてもできないのか。さすがに、白線の中で肩寄せ合い、詰め合わせて喫うこともできない。空くのを待つほどのこともない。だから、白線の外になっただけかもしれません。</p>
<p>ルールができるには、まず、ルールの精神がある。精神は順守するが、ルールの運用は弾力的にやる。その現れかもしれない。白線は、喫煙可の場所表示。目立つようにして引かれている。すなわち、領海表示とは解さない。その付近で喫えばOK。吸殻を灰皿に捨てればOKという解釈か。</p>
<p>じゃ、もっと詳しく調べてやろうと、悪乗りして、Webで調査をかけました。会社では調査もやってますから、まあ、原価でできますから。</p>
<p>次回は、そのご報告です。</p>
<p>（つづく）</p>]]>
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    <title>白線の論理と倫理　vol.4　筒井康隆の予言。</title>
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    <published>2008-09-30T06:19:47Z</published>
    <updated>2008-09-30T04:51:36Z</updated>

    <summary>関川夏央さんの『家族の昭和』を読んでいると、驚くべきことを思い出した。昭和60年...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://o-shobo.jp/study/">
        <![CDATA[<p><img class="right_img01" height="82" alt="筆者：おっちゃん" src="http://o-shobo.jp/images/writers/img_ochan.gif" 　width="120" />関川夏央さんの『家族の昭和』を読んでいると、驚くべきことを思い出した。<br />昭和60年頃、日本はバブル景気の前夜だった。好調な対米輸出により、貿易収支は10兆9000億円の黒字。財政赤字と貿易赤字の「双子の赤字」に悲鳴を上げるアメリカ・レーガン大統領から、中曽根首相は、「アメリカ製品を買え」と圧力をかけられる。</p>]]>
        <![CDATA[<p><br />昭和60年4月9日、圧力に屈した中曽根首相は、「全国民100ドルずつアメリカ製品を買うよう」に、国民に呼びかける。100ドルとは、当時で2万6000円相当。通産省は、購入リストまで用意して新聞で発表した。<br />―　「紳士方に」と但し書きされた部分には、「ウイスキー（一本）三八〇〇円、タバコ（一カートン）二八〇〇円、ライター 一〇〇〇〇円、ネクタイ（一本）七〇〇〇円、ダイアリーノート（手帖）四〇〇〇円」とあった。<br />皆さん、よくご覧いただきましたか。20年前には、政府は、たばこを喫うように奨励していたんですよ。当時、20歳の青年に勧めていたとすれば、いま、40歳代以上には、喫煙環境を整える責任があると思うのですが。</p>
<p>さて、その2年後、昭和62年に筒井康隆は短編小説「最後の喫煙者」を発表した。追い詰められる日本国の喫煙者を予言した。筒井康隆は、ホンマに凄いなあ。</p>
<p>小説は、東大安田講堂の全学連のように、追い詰められた喫煙者のシーンから始まる。<br />「国会議事堂の頂きにすわりこみ、周囲をとびまわる自衛隊ヘリから催涙弾攻撃に悩まされながら、おれはここを先途と最後の煙草を喫いまくる。さっき同志のひとりであった日下部さんが、はるか地上へころがり落ちていったため、ついに俺が最後の喫煙者になってしまった。」<br />15、6年前から禁煙運動が広がり、喫煙者への弾圧が6、7年前の頃から勢いを増してきた。家に閉じこもって小説を書いていた俺は、世情の流れに疎かった。ヘビースモーカーの俺を咎める人もなく、家族にも黙認されてきた。しかし、嫌煙運動の旗頭の女性編集者を追い返してから、風当たりがきつくなってきた。世間を狭められてくる。</p>
<p>喫煙者の小説家は、マスコミで叩かれ、公園には「犬と喫煙者立入るべからず」と張り紙をされ、外国製煙草は輸入禁止で手に入らなくなり、新幹線の乗車料金は「喫煙車両2割り増し」になり、煙草屋は村八分で追い出され、タバコが手に入らなくなり、ついに、日本たばこ会社が焼き討ちにあい、警察や自衛隊まで動員して、小説家を征伐にやってきた。<br />いよいよ、家が襲撃される。日本でふたりだけになった喫煙者の画家が、小説家の家に逃げてくる。家は、押し破られ、六本木の秘密のアジトに篭る。「最後の喫煙者」として追い詰められる。そこも追われ、小説家は画家の友と国会議事堂まで逃げ延び、玉砕を覚悟する。</p>
<p>国会議事堂に追い詰められた俺と友。友は、催涙弾の直撃を受け、墜落した。<br />地上で、花見気分で酒など呑み、浮かれている群集がわっと喚声をあげ、声をあわせてはやし立てる。<br />地球上で最後の喫煙者になった俺は、それから2時間以上も戦う。<br />しかし、いつの間にか、地上がひっそりしていた。ヘリコプターもいなくなっていた。<br />誰かがマイクで喋っている声が聞こえてきた。<br />「...と、なるでありましょう。その時後悔しても追いつきません。これは重大な損失となります。いまや彼は貴重な、喫煙時代の遺物なのであります。天然記念物であり、人間国宝ともなり得ましょう。保護してやらねばなりません。皆さん。ご協力をお願いします。くり返します。こちらは本日、緊急に発足いたしました喫煙者保護協会であります。」</p>
<p>赤軍派の東大講堂を思い出す。しかし、助っ人が現れる。喫煙者保護協会が、いまや天然記念物となった「最後の喫煙者」の保護に乗り出すことになる。<br />「喫煙者差別もついには魔女狩りのレベルにまで達したが、差別する方はこれを愚行とは思っていないのだから始末が悪い。宗教とか正義とか善とかいう大義名分がある時ほど人間の残虐行為がエスカレートする時はないのだ。喫煙者差別は健康という名の現代的宗教のもと、正義と善を振りかざし、ついに殺人に及んだ。」　<br />この筒井康隆のメッセージが、強い印象に残った。</p>
<p>喫煙者もそうや。「社会悪」のレッテルを貼られ、「追い詰められている」「間引きされる」、あるいは、「隔離」される。だから、路上の喫煙コーナーの白線に、「隔離」を感じてしまう。それとも、善良なる社会の「思いやり」や、と感謝せんとアカンかいな。決して、悪気があるとは思わないけれど、「隔離」気分も否定できない。年齢のせいで、僻みっぽいおっちゃんだけの心理やろか。</p>
<p>よっしゃ、調べたろ。</p>
<p>（つづく）</p>]]>
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    <title>白線の論理と倫理　vol.3　「健康」が、そんなにエライのか?</title>
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    <published>2008-09-24T05:31:32Z</published>
    <updated>2008-09-24T02:09:31Z</updated>

    <summary>おっちゃんは、団塊世代。ど真ん中です。戦後の貧しさや匂いは残っていましたが、焼け...</summary>
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        <![CDATA[<img class="right_img01" height="82" alt="筆者：おっちゃん" src="http://o-shobo.jp/images/writers/img_ochan.gif" 　width="120" />おっちゃんは、団塊世代。ど真ん中です。戦後の貧しさや匂いは残っていましたが、焼け跡、闇市は知らない。開高健さんや久世光彦さんの少年時代に比べたら、世の中はかなり落ち着いてきていました。けれど、一回り年少の私が物心着いた頃、昭和30年代にも、同じような空気は残っていた。]]>
        <![CDATA[<p><br />当時、タバコは、大人になれば日の当たる嗜みだった。しかし、少年にとっては、少し道を外れた心地になれる。酒を勧める親はいても、タバコを奨励する親はいなかった。だから、少年は、日陰の存在に手を出したくなる。大人の気分を味わいたくなる。</p>
<p>と、長い話になりましたが、こどもから「おとな」になるために、こどもが「社会」を受け入れるために、あるいは、こどもが「普通」や「日常」を受け入れるために、「たばこを喫って不良気分」が要ったような気がします。まあ、人生の「引き込み線」って、言いますのやろか。むざむざと、つまらん「おとな」になれるかい、という意地です。いや、立派な「大人」になる自信のなさ、弱気です。</p>
<p>そりゃ、素直な「ええ子」は、当時、「万年筆」を欲しがった。「万年筆」持って、友達に見せびらかして、「おとな」気分を味わった。次は、ホンマの大人になるねん、と粋がりました。けれど、表があれば、裏もある。表通りがあれば、裏通り、抜け道もある。石垣があれば、水抜きもある。全部蓋して、行きどまりにしたら、アカンと、おっちゃんは思いますねん。</p>
<p>おっちゃんが、喫い始めたのは、遅い。社会人になってから。ただ、高校1年生の時に、姉の家にあった義兄のたばこに手を出したことがある。友達がうまそうに喫い、おっちゃんも負けずに火を付けた。一口でクラっときた。ふた口目で、気分が悪くなった。その日の晩飯も食欲が起きなかった。友達は、「無理しなや、無理することないて」と、ずいぶんやさしく、冷ややかだった。喧嘩で負けた時より、恥ずかしかった。おっちゃんの本格的な挫折やった。<br />そんな挫折したおっちゃんは、思う。タバコは文化や。けれど、負のイメージがあった。裏文化やった。そこが、少年には魅力やった。だから、豊かな時代になって、健康増進を御旗に立てた「禁煙運動」が巻き起こるのは、歴史の必然かも知れまへんけどな。</p>
<p>しかし、「健康」は、「文化」より、そんなに大切なのやろか。</p>
<p>（つづく）</p>]]>
    </content>
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    <title>白線の論理と倫理　vol.2　タバコは、「おとな」への寄り道?</title>
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    <published>2008-09-18T09:48:33Z</published>
    <updated>2008-09-18T06:19:15Z</updated>

    <summary>誰だって、自分が生まれてくるとき、自分は与り知らない。親の気まぐれか、神のご加護...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://o-shobo.jp/study/">
        <![CDATA[<p><img class="right_img01" height="82" alt="筆者：おっちゃん" src="http://o-shobo.jp/images/writers/img_ochan.gif" 　width="120" />誰だって、自分が生まれてくるとき、自分は与り知らない。<br />親の気まぐれか、神のご加護か、知らないけれど、とにかく、自分の意志とは関係ない。<br />しかし、大人になるとき、どんな大人になりたいか、なれるか、自分の意志が反映される。これが、やっかいだ。 </p>]]>
        <![CDATA[<p><br />「おとな」になることを考えるころ、自分のことや世の中の様子が少しは分かるようになっている。これが、さらに、物事をやっかいにさせる。自分のことが全く分からなければ、大リーガーのイチローでも電車の運転手さんにでもなれる（なりたい、と思える）。でも、自分がなりたい「おとな」と、なれる「おとな」は違う。幼いころは、違ってもいいけれど、いつまでもそれでは困る。どないしたら、ええねん。なれそうな「おとな」には、なりたない。おもろない。今も昔も、少年の苦悩は、ここから始まりまんねんな。</p>
<p>少年は、挫折し、屈折し、自分を持て余す。いっそ、社会の外に出られたら、と思う。違う価値の中で生きれたら。けれど、それはそれで、才覚がいる。「ああ、ただのアホになるより、不良の方がカッコええな」。「不良になったら、すべてから解放されるんちゃうやろか。」と、思うだけで、不良の大変さもわかってくると、「まあ、ぼちぼち、あきらめよか。」と、自分の少年時代を振り返って思う。<br />でも、なかなかフン切れない。</p>
<p>もうひとり、証人を呼びましょか。開高健さんの「面白半分　随舌選」での話。<br />「私がタバコを始めたのは中学校三、四年の頃やね。初めは隠れて喫っていた。その頃、敗戦パイプというパイプの格好をしたキセルが流行っていて、これは雁首の所と柄の所がネジでつながっててとれるようになっている、短いものだが不思議な産物だった。それに喫いかけのタバコ、落ちてくすぶっているタバコ、落ちて湿ってくすぶっているタバコなどを拾ってきてつきさして喫う。それを何とか一本工面して買い、ある日、シケモクをつけてプカプカふかしながら家に帰って来た。入った所に母親がいて、ジロッとこちらを見たんだけれども、それをジロリと見返し、以後今日に至る。こういうのを居合い抜きでいうと"太刀先の見切り"といいまして剣が触れた瞬間相手を切ってなければいけない。一瞬先を越していなければいけない。この時はうまくいったナ。」</p>
<p>小説の大家も、可愛いもんですな。タバコに勇気をもらって、母親と勝負して、一歩一歩、おとなになっていく。というより、おとなになる気分を味わっていく。<br />たばこは、不良気分を味わったり、勝負したり、親に勧める「大人」になれない少年にとって、大切な逃げ道だったんです。</p>
<p>（つづく）</p>]]>
    </content>
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    <title>白線の論理と倫理　vol.1　たばこと不良少年。</title>
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    <published>2008-09-16T06:02:11Z</published>
    <updated>2008-09-17T01:19:18Z</updated>

    <summary>これは、喫煙者の「引かれ者の小唄」です。「白線の論理と倫理」やなんて、たいそうな...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://o-shobo.jp/study/">
        <![CDATA[<p><img class="right_img01" height="82" alt="筆者：おっちゃん" src="http://o-shobo.jp/images/writers/img_ochan.gif" 　width="120" />これは、喫煙者の「引かれ者の小唄」です。<br />「白線の論理と倫理」やなんて、たいそうなタイトルつけましたが、白線とは、路上の喫煙所に引いてある「白線」のことです。ですから、たばこと白線の話や、と思ってください。<br />喫煙者の心情をちょっとは言いたくて（共感までしていただけるとは、思っていませんが）、白線への思いを書かせてもらいます。</p>]]>
        <![CDATA[<p><br />おっちゃんが、世の中に出たころは、たばこを吸うのが、当たり前。酒も浴びるほど飲んで、一人前。それが、大人の嗜みになっていた。それが、いつのまにか、まともな人はたばこを吸わない風潮になってきました。タバコは健康に悪い。悪いことを平気でする人は、野蛮人。今は、仕方がないから、健全な人に迷惑がかからんように、分煙で我慢してあげるが、早く、根絶しなければ、という世の中の意思が伝わってくる。　けど、たばこを「嗜好」と「健康」の二元論で割り切っていいのでしょうか。たばこは、文化やった時もあったのです。</p>
<p>「たばこの、どこが文化やねん」と言う方は、久世光彦さんのエッセイ集『むかし卓袱台があったころ』を読んでください。久世さんは、有名なプロデューサーにして、卓抜なエッセイスト。昭和十年頃から二十年過ぎ、戦前戦後の人々の営みを描いたこの本の中に、『不良少年になれなかった』と言う一編があります。</p>
<p>その冒頭は、<br />「あのころ＜少年＞だった奴は何にでもなれた。何になっても不思議はなかったし、周囲だって納得したに違いない。考えてみれば、そんな自由でアナーキーな時代なんてそうあるものではない。」と始まる。<br />あのころとは、戦争が終わって二～三年ごろまでのこと。そのころ、今日食うだけでも、自信がない。必死やった。明日のことを考えるなんて、そんなアホな、贅沢すぎる。<br />「あのころの大人たちだって先行きの見当をつけかねていたのである。だから少年たちに明日を問われて力強く答えられる大人なんて、どこにもいなかった。みんな弱々しく空に目を泳がせ、しばらくして小さく溜息をついた。たまに熱っぽく未来について語る大人に出くわしても、私たち少年は冷ややかに鼻白んだものだった。そんな話を信用するには、私たちの周りには何も無さすぎたのである。」</p>
<p>少年は、ある日、仲間とともに、タバコを回し飲みする。<br />「私がはじめて煙草を吸ったのはそのころである。よく映画や小説に出てくるように激しく煙に咽せるということがなかったのはどうしてだろう。はじめての煙草の煙はごくスムーズに私の胸に流れ込んで行った。あえて言うならそれは濃い霧を吸い込んだようだった。いくらか重く、いくらか湿ってはいたが、私はまるでもう何年も続けている習慣のように、今日も青い空に向かって少し目を細め、ゆっくり煙を吐き出した。」</p>
<p>このとき、少年は<br />「これで何にでもなれるとそのとき私は思った。」<br />そして、少年たちは、ひとつの約束を交わす。<br />「坊主頭で裸足の私たちのその日の約束は、みんなで不良少年になろうというものだった。力弱い大人たちの目にはない狂暴な光を帯びた不良少年の目、鋭い刃物のようでいて人懐っこく優しげな不良少年の横顔、それはその日の私たちにとって何の不思議もないリアルなイメージだった。この煙草さえあれば、何年か前には考えもしなかった不良少年にだってなれる。」</p>
<p>だが、と言うべきか、当然というべきか、その約束は誰も果たさなかった。<br />「私は不良少年になれなかった。私といっしょに煙草を回しのみした仲間たちの誰かがそうなったという話もその後聞かなかったから、あの日の小さな約束は守られなかったわけである。」</p>
<p>そんな簡単に不良少年になんか、なれっこない。不良少年になっても、ヤクザなんかには、なかなかなれない。じゃあ、なぜ、素直に「健全なおとな」になろうとしないのか。そう一本道で進めれば、少年は苦労しない。</p>
<p>（つづく）</p>]]>
    </content>
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    <title>ギャルゲーのために、フォントを作った男　vol.10</title>
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    <published>2008-09-11T04:56:50Z</published>
    <updated>2008-09-11T05:07:28Z</updated>

    <summary>作り手が「自由」だった時代「書道をするのにさ、山に入っていって、木を切ってきて、...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://o-shobo.jp/study/">
        <![CDATA[<p><img class="right_img01" height="82" alt="筆者：いぬ" src="http://o-shobo.jp/images/writers/img_inu.gif" 　width="120" /><strong>作り手が「自由」だった時代</strong><br /><br />「書道をするのにさ、山に入っていって、木を切ってきて、墨を作るところからまずはじめるっていうかさ。筆を作るんじゃなくて、墨汁を作るっていうところからはじめる。そんな感じで、ゲーム作りに必要な全部のツールは、自分で作ってた。オレはオレの使いたいツールを作ってたし、他の人は他の人なりに多分やってたんだと思う」</p>]]>
        <![CDATA[<p><br />「ギャルゲーのために、フォントを作った男」の連載を終えるにあたり、関野氏のこの言葉を取り上げたのは、当時のゲーム作りに流れていた「DIY（Do It Yourself＝自作）」の空気と、そこから生まれる「自由」について最後に触れておきたかったからだ。</p>
<p>便利なツールもゲーム作りのノウハウもなかった時代、面白そうだから作りたい、という思いだけでゲーム作りに足を踏み入れた人たちがいる。プログラムの専門家でもなく、ゲーム作りの経験もあまりない彼らは、独学でプログラミングを学び、独自にゲームを作った。今のようにシステム化され、ノウハウが蓄積された中でのゲーム作りとは異なり、そこには百人百様の発想や工夫があったに違いな<br />い。</p>
<p>彼らが自由に発想し、独自のやり方で作り上げたコンテンツは「自慢したい、ほめれられたい」という動機で、共有されていく。関野さんは「関野フォント1号」を無償で公開した。付け加えるなら、コマンド入力式ではなく、選択肢入力式、しかもテンキーにあわせて最大9個までの選択肢表示というシステムを「発明」したのも、関野さんだという。このシステムも、その後ファミコンのアドベンチャーゲームに多く採用された。</p>
<p>「関野フォント」やテンキー対応の選択肢表示システムを公開せずビジネスにしていたら、ファミコン全盛時代に大もうけできたんじゃないですか、と聞くと関野さんはこう答えた。</p>
<p>「いやホントに、自慢したいんだよ。だって商売だと思ってないからさ」</p>
<p>私見になるが、こうした「DIY」精神と、商業的な成功よりも周囲からの評価や名誉を求める気風は、今「youtube」や「ニコニコ動画」などの動画共有サイトに流れているような気がしてならない。毎日、無数の「フラッシュアニメ」や「MADムービー」などが次々アップロードされる。その作者はお金ではなく、コメントという「名誉」を求める。その中で、新しい世界を切り開いた人が商業的な成功を収める。この構図は、そっくり関野さんがたどった道と重なる。</p>
<p>「モニタ上の文字表現」の原点の一つを探っていった先に見えたのは、作り手に与えられた「自由」が新しい表現を生み出した、その現場だった。</p>]]>
    </content>
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    <title>ギャルゲーのために、フォントを作った男　vol.9</title>
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    <published>2008-09-09T13:26:30Z</published>
    <updated>2008-09-11T05:08:48Z</updated>

    <summary>誰もがゲームで「ひとヤマ」をねらえた「ギャルゲーのためにフォントを作った男」とし...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://o-shobo.jp/study/">
        <![CDATA[<p><img class="right_img01" height="82" alt="筆者：いぬ" src="http://o-shobo.jp/images/writers/img_inu.gif" 　width="120" /><strong>誰もがゲームで「ひとヤマ」をねらえた</strong><br /><br />「ギャルゲーのためにフォントを作った男」として、関野ひかるさんの「TOKYO ナンパストリート」と、「関野フォント1号」に込められた工夫、またそれを生み出した関野さんの思想や当時のゲーム業界の状況について考えてきた。<br />「インクから、光へ」表現媒体が変わるときに生まれた新しい文字表現。大げさでなく「TOKYOナンパストリート」にはそれがあった、と僕は考えている。</p>]]>
        <![CDATA[<p><br />シリーズ連載「インクから、光へ」としてお伝えしたいことは、前回まででほとんど伝えることができたと思う。でも、関野さんが「TOKYOナンパストリート」を作った当時のゲーム業界の状況についてもう少し話しておこう。僕自身、1980年代前半のゲーム文化に子どもとして染まっていた人間だ。当時僕が夢中になっていた「ゲーム」は、今のゲームとどう違うのか、今の視点から整理しておきたい。</p>
<p>前回、当時のゲーム作りはいわば「作家制」をとっていた、ということをお伝えした。それこそマンガのように、ゲームは個人が作って、個人が評価を受け、評価に見合う報酬を得る、そんな仕組みになっていた。関野さんは「TOKYOナンパストリート」発売時のことをこう振り返る。</p>
<p>「エニックスからはね、オレ100万円もらってるんだよ。最初に。『TOKYOナンパストリート』が賞を取って。さらに印税がそれを上回った。1万本以上売れたからね、結構すごかった。毎月毎月、結構な額のお金が入ってきて。3年ぐらい遊んで暮らせた（笑）」</p>
<p>ひとヤマ当てた「作家」に与えられる評価・報酬は高かった一方で、ゲーム作り自体は、現在とは比べものにならないくらいハードルが低かった。関野さんは「PC-6001が、当時8万円くらい。それだけあれば何とかなった」という。</p>
<p>ジョブズとウォズニアック、2人の「スティーブ」は、自作のコンピューター「アップル」で「ひとヤマ」当てた。アップルは、今では世界有数の企業だ。いい意味で「素人」がどんどん入り込める余地がある世界には、新しいものが生まれやすいんじゃないかと、僕は思う。</p>
<p>今のゲーム業界は巨大化し、分業化が進んだ。一つのゲームを作るのにかかるお金と組織と時間は莫大なものになり、素人が入り込む余地はない。もちろん、そこから新しいものが生まれることはない、と言うつもりはない。面白いゲームもいっぱいある。ただ僕が気になっているのは、「ひとヤマ」当てたい人たちは、今どこにいるのだろう、ということだ。きっと彼らは、ゲームじゃなくて別のジ<br />ャンルで「ひとヤマ」を狙っているんだろう。</p>]]>
    </content>
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    <title>ギャルゲーのために、フォントを作った男　vol.8</title>
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    <id>tag:o-shobo.jp,2008:/study//2.81</id>

    <published>2008-09-04T07:29:32Z</published>
    <updated>2008-09-04T07:35:51Z</updated>

    <summary>「ゼビウス」をPC6001に移植したのは、中学生だったいままで「TOKYOナンパ...</summary>
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        <name>admin</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://o-shobo.jp/study/">
        <![CDATA[<p><img class="right_img01" height="82" alt="筆者：いぬ" src="http://o-shobo.jp/images/writers/img_inu.gif" 　width="120" /><strong>「ゼビウス」をPC6001に移植したのは、中学生だった</strong><br /><br /><img class="left_img01" alt="TOKYOナンパストリート" src="http://o-shobo.jp/study/img/20080904.jpg" width="254" />いままで「TOKYOナンパストリート」についてさまざまな角度から論じてきた。最後に、余談になるかも知れないが「TOKYOナンパストリート」のような先駆的なゲームが生まれることとなった背景について触れておきたい。それは当時のゲーム業界が、はからずも「作家制」をとっていたということである。</p>]]>
        <![CDATA[<p><br />僕の手元には『I/O』（評論社）1985年2月号に掲載された、エニックス（現・スクウェアエニックス）の広告ページのコピーがある。見開きに8つほどのゲームが紹介されているが、それぞれのゲーム紹介の最後には、必ず「作者」の名前が掲載されている。</p>
<p>今のゲームに「作者」はいるだろうか。ゲームシステムや設定、ストーリーの基本を考え、ゲーム作りの中心に立って全体の方向性を決定する人物はいる。しかし彼らは「プロデューサー」あるいは「監督」と呼ばれる。プログラム、ビジュアル、ストーリーなどゲームを構成する要素作りに当たっては細かく分業化され、セクションごとに「チーフプログラマー」や「チーフグラフィックデザイナー」などの責任者がクリエイティブの主導権を握る。まるでハリウッド映画のように。</p>
<p>80年代のゲームはまだまだプログラムサイズも小さく、グラフィックも、高度なものは作ろうと思っても作れない環境だった。そのため一つのゲームを一人が作ることは当たり前だった。少し大きな規模のゲームを作りたい、あるいは複雑な処理をさせたいと思うと、ゲーム会社から「アシスタント」として専門職のプログラマが派遣されたりする。関野さんが慣れ親しんだ漫画制作のシステムに似ていた。そんな時代を関野さんは「アイデア一発で儲かる時代だったんだよ」と振り返る。</p>
<p>「タイニーゼビウス」というゲームがある。ナムコの名作シューティングゲーム「ゼビウス」を、家庭用PCの中でも入門機として位置づけられ、機能も貧弱だった「PC-6001」に移植した、当時大きな話題となったゲームだ。この「タイニーゼビウス」を作ったのは当時中学生だった松島徹氏だ。漫画家でも、中学生でも、どんな人でも。アイデアや技術があれば、ゲームを発表し、売れれば印税として多額の収入を得ることができる。今のゲーム作りでは考えられない、個人の創意工夫がそのまま発表できる環境が、そこにはあった。</p>
<p>「オレが作りたかったのは、本を読むみたいに、『お父さんお母さんを大事にしなくちゃいけないな』くらいのつまんない結論でもいいから、ああこのゲームではこんなこと言ってるな、っていうことが伝わるゲームなんだよね。ゲームを作った人の顔が見えて、その人が何を言いたいのかが分かる。言いたいことはなんでもいいの。『交通ルールを守りましょう』っていう一言がその人の言いたいことだったんだなとか、なんでもいい。今はそういう方向には行かないで、よりゲームセンター風の方向というか、ゲームを楽しませる方向へ行ってる気がする。本を読むとか、一つの結論を伝えるような方向ではなく。でもオレは今でも、誰か独創的な発想でさ、そいつの言ってることがよく分かる、っていうね、そういうゲームって何でできないのかなって思ってるんだよね」</p>
<p>「個人」が作る「メッセージ」としてのゲーム。ゲームに対する関野さんのこうした志向が「TOKYOナンパストリート」の独創性あふれるゲームシステムや、コミュニケーションのにおいを伝えるためにフォントまで作ってしまうというこだわりの根底にあったことは想像に難くない。しかしその一方で、そうしたマインドが醸成されたのは、当時のゲーム作りの特色であった「作家性」に負うところも、また大きかったのではないだろうか。</p>]]>
    </content>
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    <title>ギャルゲーのために、フォントを作った男　vol.7</title>
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    <published>2008-09-02T05:27:56Z</published>
    <updated>2008-09-02T05:54:18Z</updated>

    <summary>「今はしょうがない」が大嫌いだった「TOKYOナンパストリート」が、ゲームシステ...</summary>
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        <category term="03-インクから、光へ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://o-shobo.jp/study/">
        <![CDATA[<p><img class="right_img01" height="82" alt="筆者：いぬ" src="http://o-shobo.jp/images/writers/img_inu.gif" 　width="120" /><strong>「今はしょうがない」が大嫌いだった</strong><br /><br /><img class="left_img01" alt="TOKYOナンパストリート" src="http://o-shobo.jp/study/img/20080902.jpg" width="254" />「TOKYOナンパストリート」が、ゲームシステムにおいてはそれまでなかった「コミュニケーションゲーム」というジャンルを作り上げたこと、さらにモニタ画面上の文字表現においてさまざまな工夫が施されていることを見てきた。これだけの先駆性を持ったゲームを一人で企画し、一人で作りあげた関野さんには、どんな思いがあったのだろうか。</p>]]>
        <![CDATA[<p><br />「"普通の感覚"から出発しないとダメだろうなあ、っていうのはあった。普通っていうか、素人さんの考え方っていうか。あの頃ずーっとそれを思ってたよね。ゲーム会社のプログラマーが言う『関野さん、今はしょうがないんですよ』とかっていう一言がすごくイヤでさ、「ホントかな」って、いつも疑ってた」</p>
<p>たとえば「TOKYOナンパストリート」では、テキストのスクロールにも工夫が施されている。テキストを画面の上から下に送る、つまりスクロールをさせる時は、当時は1行分のスペース幅でカクカクと送っていくことしかできなかった。というよりそれが「普通」だった。関野さんはそれに納得がいかず、もっと細かい幅で、なめらかにスクロールさせることができないのか、と、プログラム担当者に詰め寄ったことがあるそうだ。</p>
<p>今なら「オタク」と言われるのかもしれない。当時は「パソコン少年」、あるいは「パソコン青年」と呼ばれていた、いわゆる「その世界」に浸かっている人が作るプログラム。そこには「普通の感覚」がなかった、と関野さんは言う。僕は思う。「その世界の人達」にとっては「できること／できないこと」の区別は自然で普通だった、と。漫画制作からゲームの世界に飛び込んだ関野さんは、外の世界を知っていた。だからその「普通」が普通じゃないことに気付いたのだ、と。</p>
<p>「さくま（あきらさん。『桃太郎電鉄』で有名）もそうだし、堀井（雄二さん）もそうだし、やっぱり漫画の方から来てるよね、外から。ちょうどそういう時期だったんだよ。遊びとして面白いというか。新しい表現として注目してるというか。そういう人たちが普通の感覚を持ち込んだ。ゲームというジャンルに対して『こんなコトができるんだ、面白いね』という新鮮な感覚を持っていたことが、それ以前の"開発者"と言われる人たちとはちょっと違ったんじゃないかと思う」</p>
<p>今のテクノロジーに何ができるか／できないのか、から発想するのではなく、このコンテンツにはどんな表現が必要なのか、あるいはユーザーはどんな機能が求めているのか、から考える。今の時代にも通じるユーザーサイドからの発想は、関野さん言うところの「普通の感覚」にその源があった。</p>
<p>そんな関野さんの「普通の感覚」は、「TOKYOナンパストリート」を開発して20年以上経つ今でも生きているという。</p>
<p>「ATMあるでしょ、銀行の。いわゆる"五十日"になるとたくさんの人が並んで、一斉に操作するじゃない。俺は目があんまりよくないから、音声ガイドをたよりに操作するんだけど、『振り込みカードを入れて下さい』とか『振り込み金額を押して下さい』とか、横一列で一斉にやってると、分からなくなっちゃうんだよ。同じ声だから。だからオレは、一台おきに男の声と女の声を交互にしてくれって言ってるの。『オレは今男の人の声でやってる』って思ったら、両隣は女の声だから、間違えようがない。簡単にできるはずなのに、どこの銀行もやらない（笑）」</p>
<p>これはもう「ユニバーサルデザイン」的な考え方に近い。「ユーザーからの発想」を推し進め、さまざまな立場、状況に置かれた全てのユーザーが必要とする機能を考える。「ギャルゲーのために、フォントを作った男」関野さんの「普通の感覚」は、今の「ユニバーサルデザイン」にも通じる、ものづくりの基本的な姿勢だったといえる。</p>]]>
    </content>
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    <title>ギャルゲーのために、フォントを作った男　vol.6</title>
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    <published>2008-08-28T02:03:03Z</published>
    <updated>2008-08-28T04:45:21Z</updated>

    <summary>文字だけじゃない。「におい」は、記号でも伝わる「マンガのようにゲームを読ませる」...</summary>
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        <category term="03-インクから、光へ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://o-shobo.jp/study/">
        <![CDATA[<p><img class="right_img01" height="82" alt="筆者：いぬ" src="http://o-shobo.jp/images/writers/img_inu.gif" 　width="120" /><strong>文字だけじゃない。「におい」は、記号でも伝わる</strong><br /><br /><img class="left_img01" alt="TOKYOナンパストリート" src="http://o-shobo.jp/study/img/20080828.jpg" width="254" />「マンガのようにゲームを読ませる」という関野さんのこだわりによって「TOKYOナンパストリート」は、テキスト表現上、2つの特色を持つこととなる。<br /><br />1つはカタカナとひらがなの混用だ。</p>]]>
        <![CDATA[<p><br />当時のパソコンゲームは、カタカナしか使っていないものが一般的だった。関野さんは「関野フォント」でカタカナとひらがな、両方を手にすることができるようになった。両者の混用によって、ゲームに新しいテキストの表現方法が生まれた。</p>
<p>たとえば「学校に行く」という文を表記する場合、カタカナしか使えないとすれば表記は「ガッコウニイク」となる。これでは文節の区切れが分からず、意味が伝わりづらいため、文節の区切りで一文字空けて「ガッコウニ　イク」、あるいは「ガッコウ　ニ　イク」とするのが、当時の表記方法だった。</p>
<p>これが「TOKYOナンパストリート」では、「ガッコウいく」となる。カタカナとひらがなを混用することによって、2つの効果が生まれる。一つはカタカナ表記の「ガッコウ」とひらがな表記の「いく」によって文節がはっきりと区別できるため、以前のようにスペースを空ける必要がないこと。セリフにスピード感が生まれる。もう一つは、文節の区別がしっかりつけられるため、助詞を省略できる、ということだ。関野さんはこう語る。</p>
<p>「基本的にはマンガの技術だよね。ひらがなのまま表記していくと、文節が区別できなくなってきちゃう。かといってスペースを空けるのはイヤだった。もったいなかったし、好きじゃなかったんだよね。なるべくはしょって。はしょっても読みにくくならないように。たとえば『ガッコウいくのキライ』とかね」</p>
<p>もう一つ指摘しておきたいのが、記号だ。「TOKYOナンパストリート」では、テキスト中、特に女の子のセリフの語尾にハートマークや「～（ニョロ）」などの記号がしばしば使われる。会話を楽しみながらナンパを成功させていく、というゲームの目的から考えれば、女の子がどんな感情を抱いているかは重要だ。女の子のセリフにちりばめられた記号は、語る「内容」とは別に、そのセリフが「どう」語られているのか、つまり会話の「におい」を伝えるカギとなる。</p>
<p>今でこそケータイメールでのやり取りにニュアンスを加えるため「絵文字・顔文字」を使うことは普通だが、そうした文化のなかった当時、会話に「におい」をつけたいとこうした工夫がなされていたことは、やはり驚くべきことだろう。なんと関野さんは、当時のフォントセットには含まれていなかった「...（三点リーダー）」も作ってしまったのだという。</p>
<p>「点一個で『・』じゃ物足りないし、かといって半角にして3つつなげるのもカッコ悪いし。まだメモリには余裕があるし、じゃあ作っちゃえ、と...。楽しかったんだよね、この頃。あと何バイトある、何文字分空いてる、とか。じゃあコレも入れよっか、とかさ。楽しかった、若いときで」</p>
<p>関野さんが編み出したこれら表現上の工夫は、ファミコンも含めその後のゲームにおける文章表現の一つのベースになっている。もちろん全てが関野さんの影響下にあった、というつもりはない。その根底には「マンガ」的なものの影響があり、その影響のもと、ゲーム作りの現場で同時多発的に同じような考え方が生まれてきたのかも知れない。</p>
<p>ただ言えるのは、「モニター上の文字表現」という本シリーズのテーマにとって、ゲームというメディアは重要であるということ、そして「関野フォント」と「TOKYOナンパストリート」には、ある時期のゲームにおける文字の読みやすさを考える上で重要な示唆が含まれている、ということだ。</p>]]>
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    <title>ギャルゲーのために、フォントを作った男　vol.5</title>
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    <published>2008-08-26T01:13:25Z</published>
    <updated>2008-08-26T02:28:20Z</updated>

    <summary>マンガ感覚のゲームだから、フキダシ感覚のフォントで「TOKYOナンパストリート」...</summary>
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        <![CDATA[<p><img class="right_img01" height="82" alt="筆者：いぬ" src="http://o-shobo.jp/images/writers/img_inu.gif" 　width="120" /><strong>マンガ感覚のゲームだから、フキダシ感覚のフォントで</strong><br /><br /><img class="left_img01" alt="TOKYOナンパストリート" src="http://o-shobo.jp/study/img/20080826.jpg" width="254" />「TOKYOナンパストリート」のゲーム画面は、ちょっと変わっている。画面右端にはコマンド表示欄。「話す」「どこかに誘う」「キスをする」など、置かれたシチュエーション毎に主人公の取れる行動が表示され、プレイヤーはその中から選択していく。</p>]]>
        <![CDATA[<p><br />その左隣には街、レストラン、喫茶店など自分のいる場所を示すウィンドウ、さらにゲーム内の現在時刻、所持金、経験値など各種パラメータを表示するウィンドウがあり、女の子の表情やシチュエーションが表示されるイラストウィンドウは、それら情報表示ウィンドウに圧迫されるように、画面の4分の1ほどの大きさで置かれている。「美少女ゲーム」として考えるなら、イラスト表示ウィンドウがこれほど小さいことは考えにくい。</p>
<p>画面下のテキスト表示スペースには、最大5行のテキストを表示することのできる大きさがとられている。結果的に「TOKYOナンパストリート」は、1画面にたくさんの要素と情報を詰め込んだ、バラエティに富んだデザインのゲーム画面になった。雑誌に例えるなら、「家庭画報」などのグラビア誌ではなく「HANAKO」などの情報誌に近い作りだ。</p>
<p>関野さんはこれだけの情報を詰め込むために、画面デザインの調整を繰り返したという。</p>
<p>「ギリギリのバランスだよね。テキストのエリア、パラメータのエリア、それぞれのエリアはこれ以上広げるとゲーム画面が小さくなり過ぎちゃう。そのギリギリのところを考えて作ったんだ」</p>
<p>その結果「TOKYOナンパストリート」が手に入れたのは、自作のひらがなフォント「関野フォント」を使ったテキストを5行表示できる、当時のアドベンチャーゲームとしては広大なテキスト表示スペースだ。</p>
<p>「当時のことを思い出すと、これ多分、"一往復"のつもりで作ったんだよね。コミュニケーションの一往復。一つの会話と、次の会話を予感させるための一行。一つのセリフは、最長でも2行で収まる。それが、こっちが話して、向こうが応えて、の往復分で4行。それに1行足して、5行分」</p>
<p>もちろん、5行も表示させなくても、一行表示しては消し、また次のテキストを表示させる、というやり方もある。モニタの大きさに限界がある以上、イラストをできるだけ大きく表示させたいなら、そういうやり方をとるのが普通だ。でも関野さんは、イラストの大きさよりも、一度に表示できるテキストの量を増やす方向性をとった。</p>
<p>それは関野さんが「マンガ」の発想を持っていたことが大きい。早稲田大学の漫画研究会出身で、当時はゲーム制作者の他に漫画原作者としての顔を持っていた関野さんにとって、マンガを読ませるように、ゲームをプレーさせることは、むしろ自然であり、必然だった。</p>
<p>「マンガってさ、イラストも、セリフも、全部の情報が一つの見開きに全部載ってる。だからゲームでも、マンガみたいに自分のセリフもあのコのセリフも全部1画面で見たい、見せたい。マンガだよね。マンガの吹き出し感覚」</p>
<p>マンガの中の文字は、記号であると同時にビジュアルでもある。甘えたセリフは丸い文字で、あるいは怒っているセリフはとがった文字で。表現したい感情や雰囲気によってフキダシの中のフォントを変えることは、今でも当たり前に行われている。</p>
<p>「TOKYOナンパストリート」で関野さんが、女の子とのライトな会話の雰囲気を伝えるために丸文字ベースのライトな書体を自分で作り上げようとしたことは「マンガのようにゲームを読ませたい」と願う関野さんにとっては、どうしても必要なことだったのだ。</p>]]>
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