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おっちゃんの「課外学習」

2008年9月04日

ギャルゲーのために、フォントを作った男 vol.8

筆者:いぬ「ゼビウス」をPC6001に移植したのは、中学生だった

TOKYOナンパストリートいままで「TOKYOナンパストリート」についてさまざまな角度から論じてきた。最後に、余談になるかも知れないが「TOKYOナンパストリート」のような先駆的なゲームが生まれることとなった背景について触れておきたい。それは当時のゲーム業界が、はからずも「作家制」をとっていたということである。


僕の手元には『I/O』(評論社)1985年2月号に掲載された、エニックス(現・スクウェアエニックス)の広告ページのコピーがある。見開きに8つほどのゲームが紹介されているが、それぞれのゲーム紹介の最後には、必ず「作者」の名前が掲載されている。

今のゲームに「作者」はいるだろうか。ゲームシステムや設定、ストーリーの基本を考え、ゲーム作りの中心に立って全体の方向性を決定する人物はいる。しかし彼らは「プロデューサー」あるいは「監督」と呼ばれる。プログラム、ビジュアル、ストーリーなどゲームを構成する要素作りに当たっては細かく分業化され、セクションごとに「チーフプログラマー」や「チーフグラフィックデザイナー」などの責任者がクリエイティブの主導権を握る。まるでハリウッド映画のように。

80年代のゲームはまだまだプログラムサイズも小さく、グラフィックも、高度なものは作ろうと思っても作れない環境だった。そのため一つのゲームを一人が作ることは当たり前だった。少し大きな規模のゲームを作りたい、あるいは複雑な処理をさせたいと思うと、ゲーム会社から「アシスタント」として専門職のプログラマが派遣されたりする。関野さんが慣れ親しんだ漫画制作のシステムに似ていた。そんな時代を関野さんは「アイデア一発で儲かる時代だったんだよ」と振り返る。

「タイニーゼビウス」というゲームがある。ナムコの名作シューティングゲーム「ゼビウス」を、家庭用PCの中でも入門機として位置づけられ、機能も貧弱だった「PC-6001」に移植した、当時大きな話題となったゲームだ。この「タイニーゼビウス」を作ったのは当時中学生だった松島徹氏だ。漫画家でも、中学生でも、どんな人でも。アイデアや技術があれば、ゲームを発表し、売れれば印税として多額の収入を得ることができる。今のゲーム作りでは考えられない、個人の創意工夫がそのまま発表できる環境が、そこにはあった。

「オレが作りたかったのは、本を読むみたいに、『お父さんお母さんを大事にしなくちゃいけないな』くらいのつまんない結論でもいいから、ああこのゲームではこんなこと言ってるな、っていうことが伝わるゲームなんだよね。ゲームを作った人の顔が見えて、その人が何を言いたいのかが分かる。言いたいことはなんでもいいの。『交通ルールを守りましょう』っていう一言がその人の言いたいことだったんだなとか、なんでもいい。今はそういう方向には行かないで、よりゲームセンター風の方向というか、ゲームを楽しませる方向へ行ってる気がする。本を読むとか、一つの結論を伝えるような方向ではなく。でもオレは今でも、誰か独創的な発想でさ、そいつの言ってることがよく分かる、っていうね、そういうゲームって何でできないのかなって思ってるんだよね」

「個人」が作る「メッセージ」としてのゲーム。ゲームに対する関野さんのこうした志向が「TOKYOナンパストリート」の独創性あふれるゲームシステムや、コミュニケーションのにおいを伝えるためにフォントまで作ってしまうというこだわりの根底にあったことは想像に難くない。しかしその一方で、そうしたマインドが醸成されたのは、当時のゲーム作りの特色であった「作家性」に負うところも、また大きかったのではないだろうか。

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