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おっちゃんの「課外学習」

2008年9月18日

白線の論理と倫理 vol.2 タバコは、「おとな」への寄り道?

筆者:おっちゃん誰だって、自分が生まれてくるとき、自分は与り知らない。
親の気まぐれか、神のご加護か、知らないけれど、とにかく、自分の意志とは関係ない。
しかし、大人になるとき、どんな大人になりたいか、なれるか、自分の意志が反映される。これが、やっかいだ。


「おとな」になることを考えるころ、自分のことや世の中の様子が少しは分かるようになっている。これが、さらに、物事をやっかいにさせる。自分のことが全く分からなければ、大リーガーのイチローでも電車の運転手さんにでもなれる(なりたい、と思える)。でも、自分がなりたい「おとな」と、なれる「おとな」は違う。幼いころは、違ってもいいけれど、いつまでもそれでは困る。どないしたら、ええねん。なれそうな「おとな」には、なりたない。おもろない。今も昔も、少年の苦悩は、ここから始まりまんねんな。

少年は、挫折し、屈折し、自分を持て余す。いっそ、社会の外に出られたら、と思う。違う価値の中で生きれたら。けれど、それはそれで、才覚がいる。「ああ、ただのアホになるより、不良の方がカッコええな」。「不良になったら、すべてから解放されるんちゃうやろか。」と、思うだけで、不良の大変さもわかってくると、「まあ、ぼちぼち、あきらめよか。」と、自分の少年時代を振り返って思う。
でも、なかなかフン切れない。

もうひとり、証人を呼びましょか。開高健さんの「面白半分 随舌選」での話。
「私がタバコを始めたのは中学校三、四年の頃やね。初めは隠れて喫っていた。その頃、敗戦パイプというパイプの格好をしたキセルが流行っていて、これは雁首の所と柄の所がネジでつながっててとれるようになっている、短いものだが不思議な産物だった。それに喫いかけのタバコ、落ちてくすぶっているタバコ、落ちて湿ってくすぶっているタバコなどを拾ってきてつきさして喫う。それを何とか一本工面して買い、ある日、シケモクをつけてプカプカふかしながら家に帰って来た。入った所に母親がいて、ジロッとこちらを見たんだけれども、それをジロリと見返し、以後今日に至る。こういうのを居合い抜きでいうと"太刀先の見切り"といいまして剣が触れた瞬間相手を切ってなければいけない。一瞬先を越していなければいけない。この時はうまくいったナ。」

小説の大家も、可愛いもんですな。タバコに勇気をもらって、母親と勝負して、一歩一歩、おとなになっていく。というより、おとなになる気分を味わっていく。
たばこは、不良気分を味わったり、勝負したり、親に勧める「大人」になれない少年にとって、大切な逃げ道だったんです。

(つづく)

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