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おっちゃんの「感想・鑑賞録」

2010年11月01日

「こうしておまえは消え去る」 ジゼル ・ ヴィエンヌ

筆者:いぬ森が消すもの、あらわにするもの。

半月ほど前、キャンプ場で野宿した。
テントは張らず、地面にマットを敷いて、寝袋だけで寝た。
夜は、実は結構明るい。

月の光が、曇り空に乱反射して、うっすら明るい。
寝転がると、頭上の木々と葉の輪郭が、ぼんやりと見える。
距離感が分からなくなる。
その一方で、耳は冴えてくる。遠くで犬が吠えているのが聞こえる。
時々通る車の音(細い道路に隣接したキャンプ場だった)。
落ち葉が地面に落ちる「カサ、カサ」という音。
ふだん気が付かない音たちに包まれていた。

ジゼル・ヴィエンヌ「こうしておまえは消え去る」で僕が観たのは、
舞台上に作られた「森」だ。針葉樹と雑木、それに少しのゴミ。
おそらく深い森ではない。住宅街の裏山、といったところか。
そこに美しく若い体操選手とそのコーチ、薬物中毒のロックスターが出会う。
それぞれはある種身勝手で退廃的な「自我」の葛藤を独白する。
やがて彼らの関係性は歪んでいき、臨界に達する。
それぞれが強烈に訴える「わたし」は、
観客席までを白く覆う大量の霧と共に、やがて消えていく。

森の中であれば「わたしが消え去る」感覚は、自分のものとして納得できる。
何回か、自分とまわりとの境界があいまいになる、ということを体験しているから。
「こうしておまえは消え去る」があらわにするのは、
自家中毒を起こすほど強烈な「自我」を持った人たちの自我が溶解していくさまだ。

僕はいつも、山登りの時に「自分が消えていく」感覚を体験しているけど、
裏山のような、日常と近い距離にある空間にも、「森」はあった。
僕が思い起こしたのは、『酒鬼薔薇事件』で印象的だった「タンク山」のことだ。
でもその関係性については、まだよくわからない。

 

紹介演劇データ

  • タイトル:「こうしておまえは消え去る」
  • 構成・演出・振付・舞台美術:ジゼル・ヴィエンヌ
  • 公演日:2010年2010年10月
  • 劇場:にしすがも創造舎(西巣鴨)