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おっちゃんの「感想・鑑賞録」

2009年10月05日

「クリプトグラフ」 マレビトの会

筆者:いぬ記録と記憶。思い出す、ということ。

忘れてはいけないこと、憶えておきたいことがある。
個人であれば、たとえば初恋の思い出とか。
あるいは親の死、とか。

社会で言えば、戦争、とか。
大災害、とか。

忘れてはいけないことを憶えておくために、
人は日記を書いたりする。
戦争を憶えておくために、公的に、あるいは私的に
いろいろな文書が作られ、保管される。

でも、記録は、記憶ではない。
初恋の日の空気の匂いや、相手の声の感じ、
その時の雰囲気は、再現できない。
戦争や災害の日、一人ひとりがそれぞれ感じた恐怖や不安、
いや、恐怖とも不安とも名付けられない感情は、
文字や映像、つまり「データ」として、記録できるものではない。

マレビトの会「クリプトグラフ」は、「記憶」を巡るパフォーマンスだ。
構造は、極めて難解かつ複雑だ。ストーリーと呼べるものはない。
何人かの男女が、かわるがわるに語っているのは、どうやら
「天使都市」、「声紋都市」など、架空の都市についての言説らしい。
しかし語られている言葉は、
古今東西の文書や、毎日私たちのメールボックスに飛び込んでくる、
スパム(エロ)メールからの引用に満ち、
その意味は判然としない。

記録しきれない「なにか」、
文字や映像、データにしたときにこぼれおちる「なにか」。
「なにか」が持っている手触りだけを再現しようと試みる。
その「もがき」だけが伝わってくる。

もがいている役者たちの姿は、人が何かを「思い出す」ことそのものだ。
「思い出す」ことは、常に現在形の行為だ。
すでに整理された一連のストーリーを棚から取り出してくるのではなく、
断片的なノイズの海から、その都度新たな意味を作り出す。
だから、このパフォーマンスの始まりと終わりには、
「文字化け」よろしく、混乱し、意味を持たない文字列が、スライドで映し出される。
思い出すことは、ノイズにあふれた「暗号=クリプトグラフ」の中から、
一回ごとに意味を引きずりだしてくること。
その切実な困難さだけが伝わってくる舞台だった。

 

紹介演劇データ

  • タイトル:「クリプトグラフ」
  • 劇団名:マレビトの会
  • 作・演出:松田正隆
  • 公演日:2009年10月
  • 劇場:こまばアゴラ劇場(駒場東大前)