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おっちゃんの「感想・鑑賞録」

2009年4月01日

『藤沢周平が愛した静謐な日本』松本 健一

筆者:おっちゃん川堤に寝そべるように、
橋にもたれてたたずむように読む心地よさ。


藤沢周平は、すごい。
ほとんどの作品を読んだが、駄作がない。
どれもこれも、おもしろく、心にしみる。
松本健一さんは、その一作一作を丹念にたどってくれる。
思い出して、膝をうつ。

「業」に引きずられる愚かさ、哀しさ。
藤沢周平の小説の登場人物なら、悪人にも、ふと心を開いてしまう。
活計のために、義を後にする姑息さも、
何もかも許す、許すと言いながら、
こっそり自分まで放免する心地よさ。
自分を責めたくなったら、藤沢周平の小説を読めばいい。
ほとんどの人は、小悪党以下だろうから、
お目こぼしをいただける。
一日を気持ちよく終えられる。

松本さんの解説に頷きながら、読みとおした後で、
あえて、異を唱えるような暴挙に出れば、ふたつある。

一つは、女性。
松本さんは、藤沢作品で、男性が誰もが心を寄せるいちばんの女性は、
『用心棒日月抄』の「佐知」と云う。
「佐知」は、奥深く、ほんとうに魅力的だ。
しかし、出来すぎだ。
おっちゃんなら、『獄医立花登手控え』の「おちえ」をあげたい。
「おちえ」は、登が医術修業に弟子入りした叔父・小牧玄庵の一人娘。
美人だが、「のぼる」と呼び捨てにして、思いやることがない。
家の用事も登に押し付け、同年輩の娘たちと遊び呆けている。
絵に描いたような「バカ娘」だ。
それが、少しは世間の風にあたり、
登と触れあううちに、とても、かわいい娘に変わっていく。
小説の最後、いとしくて、ホント抱きしめたくなった。

もう1点は、登場人物の魅力もさることながら、
藤沢周平の「自然描写」にあまり触れていないことだ。
ひょっとしたら、藤沢周平の小説では、人は脇役。
真の主役は、四季の風や光ではないか、と思っている。

代表作『蝉しぐれ』の一節。
文四郎が家を明け渡す日、家財を荷車に積み込んだあとの場面。
― 文四郎は家の裏手に回った。木立の下に入ると、頭上から蝉の声が降って来た。
    そして西に回ったせいでやや赤味を帯びた日射しが、
    田圃の上をわたって木立の中まで入り込んで来て、
    裏の木立は内側から木の葉や葉の裏まで奇妙な明るみに染まっているのだ。
    日射しはまだ暑かったが、木々の葉を染めている明るみには秋の気配が見えていた。 ―

ふつうに生きる人の切なさ、哀しさは、いまもある。
だから、藤沢周平の作品は、永く愛される。
けれど、季節の移ろいを風や光で感じることは少なくなった。
自然が薄れたせいか、感受性が鈍ったせいか。

藤沢周平の小説を読んでいると、
紙面の上を日差しが通り過ぎたように感じて、
幾度も、顔を上げることがある。

過ぎて帰らぬものを思う。
おっちゃんには、これがいちばんの魅力なのだ、きっと。

 

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日がな一日、本に囲まれて生活をするおっちゃん。おっちゃんが読んだ本や、見た映画など、ジャンルを問わず紹介します。
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