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おっちゃんの「感想・鑑賞録」

2009年1月09日

「その人を知らず」東京デスロック

筆者:いぬKYは劇薬である。

暮れも押し迫った2008年の東京で、
東京デスロック「その人を知らず」を見た。
古い戯曲だ。1952年、三好十郎によって書かれた。
キリスト教の信条「汝、殺すなかれ」に基づいて徴兵を拒否し、
憲兵隊に連行された時計職人の、戦中と戦後を描いている。

演出家・多田淳之介は、主人公・片倉友吉の、
「かたくなな凡夫」としての側面を強調する。
決して二枚目とは言えない役者。
しどろもどろになりながらセリフを発するその様からは、
力強さや内に秘めた信念などは、みじんも感じない。

うだつの上がらないその男が、しかし絶対に人の言うことを聞かない。
憲兵隊が、親が、彼にキリスト教を伝えた牧師が、
転向せよ、戦場に行け、と翻意を促す。
しかし片倉はその説得を拒否する。
いや、拒否するというより、彼らの説得が理解できない。
片倉の理屈はこうだ。

  殺すなかれと、あの、エスさまがおつしやつて......
  殺すとエスさまに、しかられます。そして地獄に落ちます。
  出征すると、人を殺さなきやなりません。
  ......ここで死刑になれば、あの、天國に行けますから、
  ぼくはあの--ですから、ぼくは、死刑になつてもいいんです。

周囲に合わせて、自分の考えを「調整」することを知らない。
子どものように純粋な「正論」を持ち続ける男。
「どうせここにいたって殺されるだけだ。
戦場に行けば、生き残る目も出てくる」と脅されても、
「訓練」と称するリンチを受け、左手を不自由にされても、
おどおどと、しかし断固として戦場に送られることを拒否する。
片倉は「KY=空気が読めない人」なのだ。
しかも、ものすごいKYっぷりだ。バカなんじゃないかと思うくらいだ。

しかし次第に、片倉のKYが「劇薬」であることが分かってくる。
本人は、揺るがない。
そのうちに、「信念」の毒にあてられ、まわりが自壊していく。
牧師は、自分よりもはるかに強い信仰心をもつ片倉を恐れ、
自分の信仰心が傷ついたと感じ、片倉から距離を置くようになる。
父親は、息子を理解しようと努めるも、
周囲=世間のプレッシャーに負け、自ら命を絶つ。
戦時中、あれほど片倉を敵視していた時計工場の連中は、
戦後、生き残り解放された彼を反戦・反体制の英雄として祭り上げ、
労働争議のシンボルとして担ぎ出そうとする。

東京デスロック「その人を知らず」から感じるのは、
「信仰の尊さ、強さ」とか、「主人公の意志の強さ」とか、
「全体主義から民主主義への転向の欺瞞」とか、
そういうことではない。
KYの前では、人は本当の自分をさらけ出さざるを得ない、
そのことを強く感じる。
それは恐いことだ。なぜなら僕も、自壊し、
本当の(醜い)自分をさらけ出してしまう側の人間に違いないから。
しかし同時に、KYがいない社会の怖さについても、考えてしまうのだ。

芝居の後半、舞台の奥には巨大な鏡がつり下げられる。
その鏡はもちろん、2008年の年の瀬に、
東京の小さな劇場の観客席に座っている僕らの姿を映しながら、
「お前たちは、どうするんだ」と聞いているに決まっている。

紹介演劇データ

  • タイトル:『その人を知らず』
  • 作:三好十郎
  • 演出:多田淳之介
  • 劇団:東京デスロック
  • 公演日:2008年12月
  • 劇場:こまばアゴラ劇場(駒場東大前)

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日がな一日、本に囲まれて生活をするおっちゃん。おっちゃんが読んだ本や、見た映画など、ジャンルを問わず紹介します。
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