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おっちゃんの「感想・鑑賞録」

2008年12月10日

『おとなの味』平松洋子

筆者:おっちゃんおっちゃんには、「おぼれる味」

平松洋子さんの『おとなの味』の目次を開く。
「ずれる味」「ぼんやりした味」「残る味」「水の味」
「消える味」「待つ味」「日だまりの味」...

おせちの重箱のふたを上げたら、いっせいにご馳走が目に飛び込んだここち。
どうしょう!
何から食べようか、箸が宙に浮いたままになる。
こんな幼いころの思い出がよみがえった。
結局、素直に頭から読みだした。
読み終えて、また、同じ気持ちが戻ってきた。
さて、この魅力、何から伝えれば、いいのやら。

大好きな女流作家を引き合いに出して、
「幸田文と平松洋子、擬音語・擬態語の比較について」なんて、どうやろ。
それとも、
「宮部みゆきと平松洋子、比喩の世界」も、ええなあ。
でも、これらは、おっちゃんの手に余るし、
『買えない味』でも、言えることやし、と迷って、
ええい、ままよ、と、この一文に食いついた。

「残る味」の章。
平松さんは、手土産にいただいたいちごジャムを、
お客さまが帰るのを待ちかねて、包みをはがして食べ出す。
― 箱のなかに燦然と美しいルビー色に輝くいちごジャムがふた瓶、
   うやうやしく肩を並べているではありませんか。ぱかっ。空気の抜ける音を響かせて、
   握りしめたふたが瓶から浮く。固唾を飲んでなかをのぞきこむ。
   とろんとろんのいちごが今にも身を持ち崩しそうな風情で寄り添い合っているから、
   我慢の糸は音を立てて切れる。はっと気がつけば右手はすでにスプーンの柄をつかんでおり、
   ただちに先端を瓶のなかに突っこむ。 ―

「身を持ち崩しそうな風情」
なんと、まあ、絶妙な言い回し。
これは、ジャムの形状を言っただけではない。
すでに、頭の中は、スプーンですくってジャムを食べていることまで表現している。
指、口、舌、鼻は、その脳のイメージをなぞるだけ。

脳が食べてから、口や舌が味わう。
「どうや、どうや」と脳は、舌に聴く。
舌は、答える。
鼻も、香りを伝える。
脳は、情報を一つにまとめて、ジャムを味わう。
サッカー選手がシュートしたとき、
ゴールを知るのは、脳だけれど、快感を味わうのは、足なのだ。
脳と舌も、同じ関係にある。

脳は、「言葉」を食べる。
しかし、舌の「快感」を知るが、「快感」を味わえない。
では、脳の「快感」とは、なんなんだろう。
そのヒントは、たとえば、「ぼんやりした味」「ずれる味」にあった。

茶碗蒸しを語った「ぼんやりした味」。
― 輪郭がない。とりとめがない。柱がない。焦点がない。
  おぼろげに、ただひたすら拡散していく。
  つるりと飲み込みながら、このげんざいもまた、ぐずぐずと崩れていく。―
「現在」と言う時間が、「崩れていく」と言うことは、
逆に言えば、「現在」を可視したということではないか。

「ずれる味」は、
「ベッドのシーツを剥ぐときの爽快さといったら、ない。」から始まる。
ここにも、一瞬、自分でつかんだ「時間」の匂いがする。
本題は、てんぷらの話なのだが、
平松さんは、母の味を思い出し、それには及ばないことを認める。
当然、プロのてんぷらにもかなわない。

― プロの揚げるてんぷらと母の揚げたてんぷらのあいだで
  中途半端にずれてばかり。いっこうに腰が据わらないだけの話だ。
  断層のあいだで永遠にずり落ちかけている気がして、
  急にそらおそろしくなる。 ―

「時間」に囲まれていると、「時間」が見えない。
しかし、「時間」を実感することは、「存在」を実感すること。
これこそ、人間の最大の快感なのだ、ということを、
福岡伸一さんの著書「できそこないの男たち」で学んだ。

「うまい、まずい」は、食の入口よ、
還暦にもなって、好き嫌いを言って騒いでいるうちは
「おこちゃまの舌」だね、と
おっちゃんは、平松さんから、諭され叱られた気分がした。

ああ、ええ気持。
(おっちゃんは、ついに、マゾに踏み込んだのか?)

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日がな一日、本に囲まれて生活をするおっちゃん。おっちゃんが読んだ本や、見た映画など、ジャンルを問わず紹介します。
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