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おっちゃんの「感想・鑑賞録」

2008年12月05日

『最後の冒険家』石川直樹

筆者:いぬ「向こう側」への視線

取材で石川直樹さんにお会いしたのは、今年はじめのこと。
前日、神田道夫さんの熱気球による太平洋横断の出発を見送って、
そのまま寝ないで東京に戻ってきた、ということだった。
数日後、僕は、神田さんが消息を絶ったことをニュースで知った。

『最後の冒険家』は、熱気球冒険家・神田道夫さんの半生を、
石川さんが丁寧に綴ったルポルタージュだ。
因縁じみたものを感じて、手にとった。

石川さんは、4年前、神田さんと一緒に、
熱気球での太平洋横断に挑戦している。
一緒に太平洋を横断してくれるパートナーを探していた神田さん。
知り合いの引き合わせで二人は出会った。
世間話や社交辞令もなく、いきなり自分の実績や、
太平洋横断の計画について淡々と話す神田さん。
石川さんは、神田さんに引きずり込まれるように、
「もし自分でも参加できるなら、やらせてください」と答える。

2004年1月、出発日だけが決定して、
どたばたと準備が始まった。
半年間の飛行訓練を経て、
自作の巨大な熱気球に、二人は乗り込んだ。
しかし、いくつかの不運が重なり、気球は太平洋上へと着水してしまう。
マンションの屋上に設置されている、
「給水タンク」を改造して作ったゴンドラの中に閉じこめられ、
大荒れの太平洋を二人はさまよう。
地獄は、ここから始まる。

  ここから先の苦しみはどんなに時間が経とうが忘れられないだろう。
  まずは外に着けられた巨大なガスボンベのシリンダーが、
  嫌な音を立ててゴンドラの壁を破壊せんばかりにぶつかってくる。
  (中略)
  僕たちはすでに船酔いしており、上半身を起こそうものなら吐き気が襲ってくる。
  見えない空を見上げながら、ただただ救助の船を待つしかなかった。

さらに密閉されているはずのゴンドラに、海水が入り込んでくる。
くるぶしから膝下まで、次第に水位は増す。
沈没の危機におびえ、8時間、絶望の中でもがき苦しんだ二人は、
奇跡的に、パナマ国籍の貨物船に救助される。

死の淵から生還した二人。
アメリカへと向かう貨物船の甲板で、
神田さんが切り出した言葉に、石川さんは衝撃を受ける。

  「次はもっと大きな気球を作ろう。
  浮力を上げれば一気に雲の上に出られると思うんだ」

救出から数日後、もう「次」を考えている神田さん。
その考えは、どんどん先鋭化する。
ついには、軽量な籐のゴンドラを使って太平洋横断に挑もう、
という発想に至りつく。

  しかし、ぼくにとってゴンドラを
  (籐の)バスケットにするという選択はありえないものだった。
  安全性と利便性のどちらをとるかという究極の選択のなかで、
  神田は安全性を捨て、利便性をとりたいというのだ。
  リスクは減らないばかりか、増してしまうことにもなりかねない。

籐のゴンドラを使って、前回のように海に着水すれば、
それはすなわち死を意味する。
普通の人なら命の危険を感じ、尻込みし、引き返してしまう領域。
その「向こう側」に、なんのためらいもなく、
足を踏み入れることのできる人がいる。
石川さんは、神田さんと太平洋横断という目的を共有し、
生死をともにした。
それでも石川さんは「こちら側」の人なのだ。

  世間は時折ぼくのことを「冒険家」と呼ぶ。
  さまざまな場所で繰り返し発言してきたが、
  ぼくは自分のことを冒険家だとは思っていない。
  もっと断定的に言うなら、
  ぼくは冒険家になろうとも思っていないし、なりたいとも思わない。

計画に協力してくれるパートナーが見つからないまま、
神田さんは一人で太平洋横断をめざした。
出発して2日目に、消息を絶つ。
以来今まで、神田さんの行方は分かっていない。

この本の表紙には、岩がゴロゴロと転がる浜辺に打ち上げられた、
大きなカプセルのようなものを写した写真が使われている。
4年前、石川さんと神田さんが乗っていた「給水タンク」のゴンドラだ。
今年、トカラ列島の悪石島の浜辺に打ち上げられたのだ。

石川さんと神田さんが二人で乗った気球は、
4年の時を経て、再び「こちら側」に戻ってきた。
今年、神田さんが一人で乗り込んでいった気球は、
「向こう側」に行ったまま、まだ帰ってこない。

この本は「こちら側」の端に立って「向こう側」をみつめ続ける男が、
「向こう側」に行ったまま帰ってこない男を、
尊敬し、うらやみ、あきれ、心配し、
「戻ってこい」と呼びかける本である。

 

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日がな一日、本に囲まれて生活をするおっちゃん。おっちゃんが読んだ本や、見た映画など、ジャンルを問わず紹介します。
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