「眠れない夜なんてない。」平田オリザ
水虫を掻くような「イタ痒い」快感。
公演会場の吉祥寺シアターに、開演5分前に劇場に着いた。
ホールの扉は開いていた。
入ると、ひな壇に下りていく席。
小さな谷底に、丸く突き出してステージがあった。
ホテルのロビーのような設えのステージには、すでに役者がいた。
ひとりの男性は、ソファーにかけ、新聞を読んでいる。
少し離れた丸テーブルには、雑誌を開いている女性。
けだるさが漂う。
それは、ふたりの人生を示しているのか、
まだ、芝居が始まっていないことを、緊張感の乏しさで表現しているのか。
ふと、男性が立ちあがった。
見上げられた。
「ええ、演じるのは、ボクか?」
立場が逆転したような戸惑い。
「そうよ、座席のキミも日常を演じているじゃないか。」
「だから、今日はそれを見てやるよ。」と、
攻め込まれるような気分。
座席のボクと、ステージのボクが見つめあう。
錯綜した思いの中で、
いつしか、芝居がはじまった。
マレーシアのリゾート地に建つ定住型ホテルのような施設。
日本的、至れり尽くせり、快適真心サービスの施設で、
リタイア後の人生が開幕する。
ふた組の夫婦とひとり暮らしの男性が中心の物語。
ひと組の夫婦の夫は、まだリタイアとは言えない。
東南アジアを駆け回ってエネルギッシュに商売をしている。
タイには、愛人もいるらしい。
妻は、マレーシアくんだりまで来て、
日本と同じような「夫と疎遠な暮らし」をしている。
ひと組の夫婦は、独立した子供と離れ、
マレーシアで骨を埋める様子。
もうひとりは、一人で暮らす男性。
ときどき、日本から娘が訪ねてくる。
父を気にかける娘は、
「ここでいっしょに暮らしてもいい。」と言ってくれる。
故国を離れて暮らすと言っても、孤独な匂いは深くない。
夫が現役の夫婦の妻を、
その高校時代のクラスメートが訪ねてくる。
自分たちの老後のための施設見学が目的。
これは、ご都合主義の夫婦。
人のプライバシーが、大好物の妻。
象のような優しい目をよそいながら、
トラのように隙を狙う。
夫は、自分の都合だけで人と付き合いたい。
だから、妄りにひとには近付かない。
トラの隙を狙うハイエナのよう。
その二人の心情が、ちょっとした「しぐさ」で表現される。
「くッくッくッ」と
小さい泡のような笑いが浮き上がって、
はじけずに消える。
ひと組の夫婦、
その夫が不治の病であることがわかる。
娘も妻も、日本に帰って治療するように説得するが、
夫は、このままマレーシアにとどまりたい、と言い張る。
その会話を耳にした、独りで暮らす男性が、
「日本が嫌いなんだよ」とささやいて、ドラマが終わる。
マレーシアで暮していても、日本を離れているわけではない。
快適に老後を暮らせるのも、日本の経済力があればこそ。
海外でも、日本的サービスがあればこそ。
それなのに、「日本が嫌い」とは、厚かましい。
身勝手な、
と言いきれないのは、
身勝手な夫婦の
いやしい「しぐさ」を見るだけでも、
納得してしまう「かなしさ」。
小さく笑うたびに、
なぜか、水虫を掻く、「あのイタ痒さ」を思い出した。
紹介演劇データ
- タイトル:『眠れない夜なんてない。』
- 作・演出:平田オリザ
- 劇団:青年座
- 公演日:2008年6月28日(土)
- 劇場:吉祥寺シアター





