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おっちゃんの「日々こもごも」

2011年8月26日

いのちをわける

知人と食事すると、
必ず、東日本大震災の話がでる。
みんなの中に深く根を下ろしている。

わたしは、この前、仙台で聞いてきた話をした。
仙台の郊外でも、電気ガス水道は2週間も止まった。
そこでオール電化住宅に住む人は、
震災から二日たって、米はあっても炊けない状態になった。
近所の付き合いのある家に行くと、ガスコンロを貸してくれた。

ガスボンベをスーパーに買い求めに行くと、棚は空になっていた。
ガスコンロを貸してくれた家にもう一度行くと、ガスボンベを分けてくれた。
わたしは、「ガスボンベを分けてくれる」ことに驚嘆した。
いつガスが使えるようになるか、わからない。
それでは、手持ちのガスボンベが、
いくらなら持ちこたえられるか、も読めない。
ひょっとしたら、
上げたために、自分たちもお米が炊けないことになるかもしれない。
それでも、分ける。
生きるための条件を同じにしてしまったのか。
「びっくりした」を連発すると、
東北出身の人が、当たり前の顔をしていった。
「わかるよ、それが東北人だ」

そうして大きな混乱状態を乗り切った後で、
PTSDや「アルコール依存症」や「引きこもり」などの問題が、
日常に滲み出してくる。
まだ、大きな問題を抱えている人たちは、解決に回る余裕がない。

そんな話をした帰り道で、ケータイが鳴った。
でてみると、東北に支援に行っていた人からだった。
「余震が来るとね、
こどもが、服をつかんで離さないんだ」

こどもは、ひっしで耐えている。
大人は、服をつかませてあげることしかできない。
それでも、できることをすることしか、ないよね。