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おっちゃんの「日々こもごも」

2011年2月15日

自分に分かる世界なら、絵本にしない。

筆者:おっちゃん 全国の読み聞か活動に、絵本を送らせていただくと、
さまざまな反応が返ってくる。

うれしい便りもあるが、
「子どもには難し過ぎて、話せない」と言う返事も、いくつかある。
そうかもしれないと思いながらも、
「難しい」って、なんだろう、と考え込む。

ひょっとしたら、「つまらない」「おもしろくない」と思っているが、
作者に配慮した言い方を選んでいるだけかもしれない。
それならば、仕方がない。
けれど、真意が「難しい」ならば、「難しい」って、どういうことなんだろう?

大人には分かるけれど、子どもには理解できないことなのか。
子どもには、上手に説明できないことなのか。
それとも、「難しい」とは、明解な答えがないことなのだろうか。

ひょっとして、誰もが納得する、ひとつの答えがないことが、
難しいということなら、
絵本は、大人なら明解な答えが出せることを伝えるものなのか。

それなら、わたしにとって、絵本は逆だ。
大人だって分からないことだから、絵本になるのではないか。
絵本になる価値がある。
大人にだったら分かることを語るなら、絵本はいらない。

大人にわかる世界なんて、小さい。
そんな小さい世界を、子どもに提示しても大して意味はない。
わたしは、自分の生きている世界が、分からない。
けれど、もっと知りたい。
とても気になるから、絵本にした。

だから、「子どもには難しい」と言われると、
「そうかもしれない、わたしだって、分からないから絵本にしたから」と
恥入るばかりの気持ちになる。