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おっちゃんの「日々こもごも」

2010年3月08日

鶴岡の葬儀。

藤沢周平の生まれた地、
海坂藩の舞台・鶴岡には、昔から行きたいと思っていた。
やっと、先週、金・土と1泊2日で行ってきた。
藤沢周平のゆかりの場所を訪ねる旅ではなく、
スタッフのお父さんが急逝し、その葬儀に参列する旅だった。

告別式場で受付に並んでいると、
遠路駆けつけてくれたと、喪主の方が、挨拶に出てきてくれた。
小声で、
「生花をいただいて、申し訳ないのですが、
隅の方に置かせていただいています。」との説明だった。
迷惑だったのだろうか、と思っていると、
さらに、恐縮しながら、この土地の風習だという。
祭壇の中央には、親族など近親者の生花を並べるらしい。

祭壇を見ると、その通りになっていた。
弔電を読み上げるのも、その考えが貫かれていた。
故人、喪主と親しかった人の弔電は弔文も紹介されるが、
地元の代議士、参議員、市長、市議会議員らの弔電は、
最後に、名前を読み上げるだけ。

なんという、清々しさ、気持ちよさ。
葬儀は、ゆかりのあった人のものだ、と改めて教えられた。

告別式が始まると、
親しい人、孫代表が立って弔辞を読む。
これも、教会ではふつうだが、仏式の葬儀では初めてだった。

お孫さんは、うら若き女性。
彼女の両親は、二人とも働いていた。
だから、彼女は幼い時、おばあちゃん、
おじいちゃんに面倒を見てもらうことが多かった。

「学校から帰ってくると、
おじいちゃんは、生協のパンを半額で買い占めて、
テーブルにいっぱいのせて待っていてくれました。」と思い出を語った。

きっと、孫娘が成長するたびに、
おじいちゃんは、接し方に戸惑いだしたのだろう。
「半額のパン」に、おじいちゃんの迷いと愛情を感じて、
思わず涙ぐんでしまった。

司会者は、予定の弔辞を終えて
「本日、弔辞をご用意されている方は、いらっしゃいますか。」と呼び掛けた。
しばらくして、
ひとりの老人が杖をついて立ち上がった。
型どおりの呼びかけたつもりだった司会者は、一瞬、戸惑いの息を吐いた。

けれど、祭壇で読まれた弔辞は、
若かりし頃の個人が偲ばれて、いい話だった。
老人は、故人の小学校時代のクラスメート。
村の活性化のために、温泉掘りの事業に
いっしょに奔走したことなど、昔話を披露された。

東京では、教会以外では、このような弔辞を聞くことはない。
だから、故人とゆかりがなければ、
故人の人となりに触れることなく帰ることが多い。
でも、教会や、この鶴岡の葬儀のように、
「そうか、そんな喜びがあったのか、
そんな苦労があったのか。」と思いながらの帰り道は、悪くない。

知らない故人を偲んで帰る。
大層に言えば、「人間としての連帯感」を感じるようで、しみじみする。
これも、歳をとったせいでしょうか。

おっちゃんの「日々こもごも」とは!?
「生きていると色んなことがあるもんやなぁ」というおっちゃん。
日常の何気ない出来事をおっちゃん目線で語っています。
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