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おっちゃんの「日々こもごも」

2008年9月11日

ゴルフ発祥は、グラバー邸だった!?

筆者:おっちゃんゴルフダイジェスト9/23号は、
「歴史的新事実!ゴルフ発祥の地は神戸ではなかった!?」と報じた。

いままで、神戸が定説となっていた。
1901年(明治34年)、アーサー・H・グルームが、
神戸の六甲に4ホールのコースを作ったのが、始まりという。


そのあと、1913年、長崎県営雲仙ゴルフ場が、9ホールで誕生した。
確かに、ゴルフ場は神戸が先行したかも知れないが、
ゴルフ自体は、雲仙で、もっと早くから楽しまれていた。
その生き証人は、内藤栄二さん。

その記事は、その内藤さんの証言からは始まる。
― 明治42年(1909)年生まれ。
この10月で白寿(99歳)を迎える内藤栄二氏は、
神奈川県横須賀市の自宅で「あれから85年か...」と思ってみる。
大正12年(1923)、T・B・グラバーの長男であるT・A・グラバーこと、
当時53歳の日本名・倉場富三郎とともに避暑地・雲仙に行った日を思い出すのだ。―
グラバーとは、あのグラバー邸の当主です。

― 釣りや狩猟などにも興じていた、ある日だった。
「栄二君、私がつくったゴルフ場に行ってみようじゃないか」
そういう倉場に連れて行かれたのが、
開場して11年目の外国人で賑わう雲仙ゴルフ場だった。
「牧草地に造成したゴルフ場でね。
私はもっぱらキャディ役で、
ニッカーボッカーズ姿の倉場さんが打つと落下地点まで急いで走る。
早く行かないとカラスが飛んできて口にくわえて持っていくんでね」―
99歳にして、記憶は鮮明だ。
この記憶力によって、グラバー邸でのゴルフに興じる日々が、再現される。

ゴルフ好きの人は、このゴルフダイジェストを買うか、
うちの内藤雅俊さん(10月に会長に就任予定)を捕まえて聴いてください。
内藤栄二氏は、内藤さんのお父上です。